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個人のブログ

花澤香菜『blossom』を聴いた後に聴く音楽

花澤香菜さんの6thアルバム『blossom』がリリースされました。
ポニーキャニオンにレーベルを移籍して最初のアルバムで、サウンドプロデュースは北川勝利さん。4thアルバム以来の復帰です。
聴きましたか?聴いてください。

”再出発”をテーマに活動初期からの作家たちと制作したという触れ込みですが、全体的に打ち込みサウンドがメインで、曲もほぼ全曲4分以内と短めのものが多く、昨今のトレンドも意識している印象です。
ネットで公開されている記事でも既にいろいろと言及されていますが、あらゆる文脈で語れそうな要素を持った、間口の広い作品になっています。

ということで、北川さんが文脈から切り離された消費のされ方にモヤモヤしているらしいので(参考:花澤香菜を新境地へ導いた2人に聞く。アニソンとシティポップの交差点で何が起きている? - インタビュー : Kompass(コンパス) ミュージックガイドマガジン by Spotify&CINRA)、私も浅い知識の中で頑張って何曲かを文脈に結びつけて語っていきます。

 

まずは2曲目「Don't know why」(作詞:北川勝利・藤村鼓乃美 作曲:北川勝利 編曲:acane_madder・北川勝利)。

アルバムのリードトラックでMVも制作されている曲です。
インタビューで言及されているとおり、a-haの「Take On Me」オマージュですね。
これは私もピンときましたが、The Weekendがやった流れを受けての文脈までは思い至りませんでした。

こういうことをやるとき、完全に振り切っちゃうエッセンスだけ取り入れるか、いろいろやり方があると思うんですが、この取り入れ方はなんていうか絶妙なバランスだなと思います。
リードトラックとして耳に残りやすい「クセ」の要素として取り入れつつ、花澤香菜の音楽の路線として外れすぎていない感じ。絶妙です。

 

次に3曲目「You Can Make Me Dance」(作詞・作曲・編曲:矢野博康

ライブの定番でファンの中でも人気が高いのになぜかサブスクではあまり聴かれていない隠れた名曲「We Are So in Love」の流れを汲んだ、踊れてグルーヴィーな1曲。
この曲では花澤さんの歌声がかなりバキバキしてるというか、音圧が強めのパキッとしたオケに負けないはっきりした発声・処理になっているのが印象的だと感じました。
「We Are So in Love」や1stAL『claire』の曲と聴き比べてみるとわかりやすいです。
これは花澤さんの歌が進化しているからこそできた音づくりだろうなと思います。
そう、音的な話じゃなくて花澤さんのボーカリストとしての進化という文脈でも語って良いと思うのです。
個人的に花澤さんの歌はここ1、2年でかなり進化したなと思っていて、それを感じたのは2020年にやったオンラインライブ「かなめぐり2」でした。
たしかその頃ちょうど花澤さんは『メイビー、ハッピーエンディング』というミュージカルの舞台に出演していて、その経験が活かされているのか、声の伸びが出てよく通るようになったなあと感じたのを覚えています。
花澤さんの声の質を変えることなく、それでいて力強い存在感のある歌声になっているんです。それを制作陣が感じ取ってこういう音処理に挑戦したのではないかと勝手に推測したりしています。

 

続いて6曲目「Miss you」(作詞・作曲・編曲:沖井礼二)。

お馴染みの沖井さんですが、沖井さんの楽曲提供としては珍しい4つ打ちの打ち込み曲です。
沖井さんがThe Whoが好きだというのを知っている人はけっこういると思いますが(The Whoオマージュたくさん作っている)、実はスタイル・カウンシルも好きで、最近までコミュニティラジオで「今夜もスタカン」という番組をやってたりしていました。
そんな沖井さんなので、ちょっとスタカンの「Shout To The Top」を思わせる感じがあります。
沖井さんは以前、竹達彩奈さんに楽曲提供したときに彼女の声を「グロッケンのようにハイの成分が強い声」と評していて、声優さんの声を楽器的な解釈で活かそうとされる方だと個人的に思ったのですが、「Shout To The Top」のストリングスのフレーズを花澤さんのコーラスでやっているところがまさに沖井さんらしいなと感じました。

 

7曲目の「LOVE IS WONDER」(作詞:岩里祐穂 作曲・編曲:ケンカイヨシ)。

ビッグバンドのミュージカル的なアプローチは1stシングルのカップリング「Saturday Night Musical♪」で既にやっていますが、今回はもっと音に遊びを加えた、打ち込みを活かした密度の濃い曲になっています。こういう目まぐるしくいろんな音が入ってくる曲というと、私はサンプリング満載の「ハミングが聞こえる」や「Dough-Nuts Town's map」を連想します。

 

8曲目「港の見える丘」(作詞:花澤香菜 作曲・編曲:北川勝利)。

移籍後第1弾シングルのカップリングで、中国語バージョンも制作されている曲。中国を意識してか、全体的にオリエンタルなサウンドになっています。そして、間奏には中国といえばこのメロディー、というあのフレーズが入っています。
洋楽で使われているのだとこの曲が有名かもしれません。

私もすぐに連想するくらい、誰が聴いてもピンとくるあのメロディーですが、調べてみると面白い記事を見つけました。

実は出自が定まっていないとのこと。意外です。
というかこの記事、めちゃくちゃ面白かったです。
本当はこういう風にディグできたら理想なんですが、いかんせん知識不足です。
私の場合このメロディーの原体験はゲームミュージックでしたが、明確な起源がないにもかかわらず世界中で共通のイメージが共有されているというのはすごいことです。
ニコニコ大百科でも「オリエンタル・リフ」という記事を頑張って執筆してくれてる人がいるので読んでみると面白いです。

 

続いて9曲目「息吹 イン ザ ウィンド」(作詞・作曲:小出祐介 編曲:釣 俊輔)。

Base Ball Bear小出祐介さん提供曲です。前回は「last contrast」という曲でバリバリのシューゲイザーをやっていましたが、今回はまた別のアプローチです。
韻を踏みまくるラップパートも最高ですが、私は曲全体の音像に心惹かれました。
ドラムにリバーブがかかったような感じの、まさに80年代っていう音。
「ゲートリバーブ(Gated Reverb)」というらしいですね。
洋楽だけじゃなく日本でも、80年代にはこういう音づくりの曲がロックミュージシャンからアイドルに至るまでたくさんあるので、調べてみるとめちゃめちゃ面白いですよ。

調べてるときに、細野晴臣安部勇磨never young beach)、ハマ・オカモト(OKAMOTO'S)の3人がゲートリバーブについて話してる面白い記事を見つけたのでついでに貼っておきます。

あとはサックス!
途中でサックスが急に入ってくるとめちゃめちゃ80年代っぽくなるのはThe 1975レキシで経験してます。

いやしかし、世界的にもアニソンシーン的にも80年代リバイバルの流れが強いですね。挙げきれないくらい80'sサウンドの曲が増えてます。
一番最初に貼った記事で、インターネットは視覚的な情報がとても大事なメディアで、視覚的な要素を持ったアニメやゲームの音楽は普通のロックやポップスより広まりやすいと沖井さんが分析されていましたが、もしかしたらそういう視覚的な要素がMTVが出てきた80年代と共鳴しているのかもしれません。

 

10曲目の「草原と宇宙」(作詞:岩里祐穂 作曲・編曲:ミト(クラムボン))。

打ち込みがメインの今作の中で、ポルカドットスティングレイが演奏している「SHINOBI-NAI」を除けば唯一ドラムがクレジットされている楽曲です。
ドラムは佐野康夫さん。これまでの花澤さん曲を何曲も叩いている方ですが、ワルキューレ坂本真綾さんなどフライングドッグ関係の仕事でよく北川さんと御一緒しているイメージがあります。
ミトさん作編曲なのもあり、今までの花澤さんの曲に近い曲で、2ndAL『25』に入っていてもおかしくない楽曲だなというのが第一印象でした。
なぜカントリー調の曲がこのアルバムに入ったのか少し気になっていたのですが、この曲は「カーマは気まぐれ」のオマージュだったのですね。

だから80'sサウンドが並ぶこのアルバムに入っててもおかしくないわけです。

そして岩里祐穂さんの詞がすっごく良いです。今この時代に歌われる歌として最高に優しい。泣いちゃうくらい良い曲。オマージュ元のカルチャークラブがどんなバンドだったかを知るとさらに深みが増すような気がしたりしなかったりします。
歌詞の良さでいったら12曲目の「青い夜だけの」(作詞・作曲・編曲:宮川 弾)も良いんですよね。花澤さんの音楽の歌詞世界には岩里祐穂さんと宮川弾さんが必須だと勝手に思っていたので、今作でまた参加してくれて本当に嬉しいです。

 

以上、私が語れるのはこれくらいです。全曲紹介できていませんが、あとは詳しい方にお任せします。もっといろんな文脈と結びつけて語ってくれる方をお待ちしております。

鬼滅の刃や呪術廻戦、五等分の花嫁などの影響で若いファンが増えていたり、アニメ以外でのメディア露出が増えていたり、中国をはじめ海外からの人気が高まっていたりと注目度が高まっているタイミングで、花澤香菜らしい音楽と今っぽいフィーリングをうまくかけ合わせて、取っ付きやすくかつハイクオリティな作品を作れたというのが素晴らしいと個人的に思います。
これだったら◯◯がもうやってる、とか◯◯の方が攻めてるぞとか、そういう意見もあると思いますが、先にやったとか新しいことやってるとかいう話がしたいのではなくて、いろんな人に届きうる良い作品ができたのでたくさんの人に聴いてもらえるといいな、っていうフィーリングです。